こんばんは。最近、深夜早朝枠というものを設けまして、今朝は有難いことに5時30分から施術があったため、すっかり6時からの瞑想Liveを忘れていました。。いつメンの皆様すみません。今後はインスタストーリーなどで書いたりしようと思います。
さて今日は、「怒られるのが苦手で、ミスしちゃいけない!と職場で気が張り詰めてしまう」という悩みについて。
なぜこんな話をするかというと、身体に生じる「痛み」と「怒られ体験」は密かに結びついているんじゃないか、と感じるからです。
「怒られ体験」を再定義することで、脱力につながり、脱力できれば痛みや不調を防ぎやすくなる
そんなことについての考えを述べていきます。
怒られてもイイじゃんと思えると、楽ですよ〜
怒ってる人は、文鳥である。
ブチ切れている人を見たとき、僕は「文鳥」を思い出します。
昔飼っていたぶんちゃんを。

攻撃的で、ピヨピヨ鳴いて、こちらの指を本気で突いてくる。
それは敵意なのか、はたまた恐怖や不安の反応なのか…まあそれはどうでも良いのですが
怒鳴っている上司も、ヒステリックな親も、詰めてくる相手も、文鳥のように思えると、気が楽になります。
その痛みは怒られた記憶の続きかもしれない
冒頭にも軽く触れましたが、身体の痛みと「怒られ体験」は結びつきやすいと考えます。
痛みの背景には、姿勢や身体の使い方の癖だけでなく、精神的な「緊張」や「萎縮」が絡んでいることがよくあるからです。
特にこんなケースが印象的です。
•職場では痛いのに、整体に来ると痛くない
•人前に出ると肩がガチガチになる
・楽しいことをしている時は脚の痺れを感じない
こうした方の話を丁寧に掘り下げていくと、
「子どもの頃、親に怒鳴られて育った」
「ミスに厳しい先生の前でいつも緊張していた」
といった背景があることも少なくありません。
常時警戒モードではしんどい
怒られることに敏感な人の中には、普段から警戒モードで生きている方もいます。
•呼吸が浅くなる
•表情が強張る
•無意識に体に力が入る
これらはすべて、交感神経が優位な状態。
脱力しにくい状態が長く続けば、筋肉は緊張し、血流も滞り、痛みの感じやすい体になってしまうかもしれません。
とはいえ、怒る人を消すことはできません。社会で生活していたら理不尽にキレられることだってあります。
ですから大事なのは、「怒り」をどう捉えるか。こちら側の捉え方です。
感情は道具みたいなもの
と捉えるのも一つです。
相手には何か伝えたいことがあり、それを表現する手段として「怒り」というツールを使っている。
もしくは表現下手な赤ちゃん的な存在なのかもしれない。
だからこちらは、その何かにフォーカスする。声は、ただの音として処理をする。
「怖い」と受け取るか、「鳴いてるな」と流せるか。この違いは、いずれ体の反応にも表れてくるでしょう。
怒りに巻き込まれず、俯瞰する。
怒っている人は、文鳥である。おー、今日もピヨピヨ元気だな〜と。
そんな視点の持ち方が、肩こりや腰痛、頭痛などの改善にもつながっていくんじゃないでしょうか。



