散見される“ムダな手術”の背景に迫る。腰の手術をしても腰痛が改善しない理由の多角的考察

この記事について

本当は無駄だと知っている
そう語るのは、加茂整形外科医院院長の加茂淳氏だ。
「椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎すべり症、坐骨神経痛などの痛みは、手術をしても痛みがなくなることはありません」
治らないとわかっていながら、病院の金儲けのため、手術へと誘導をする医者もいる。

当院にも

腰の手術後、痛みが残った
術後半年でしびれが再発した
腰の手術を勧められていた

といった方々が来院されることがあり、詳しくお話を伺うと微妙な気持ちになることもあります。

手術をしても改善しないケースが散見される理由には、一面、上掲記事のような事情があるのかもしれません。

が、それだけとは到底思えず、ざっと考えても医学的、心理的、制度的、社会的要因が絡み合っている問題です。だから、ややこしい。

この記事の結論は「患者自身が主体的に情報を収集し、治療法を選択する姿勢がなにより重要」というところに着地するのですが

そこに至るまでの色んな材料を可能な限り簡潔に解説しつつ、多角的に「ムダな手術」問題について考察していきます。では参りましょう。

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40代女性/主婦/症状:寝たきり状態、腰から下の重だるさ、左足の感覚鈍麻/診断名:腰椎椎間板ヘルニア

1. 診断の誤りや限界

1-1 診断技術の限界

まず、多くの腰痛は「原因不明」であると言われます。(全体の85%が非特異的腰痛=原因不明とされる:米国腰痛診療ガイドライン2017)。

腰痛を抱える方のうちの85%の「痛みの原因」は医師の診察や画像検査(X線やMRIなど)で特定できるものではないのです。

そもそも、診察や検査は重篤な疾患(脊椎炎などの感染症、悪性腫瘍、骨折など)を除外するという重要な意義があり、そこにリソースを割く機能・役割のため当然といえば当然ですが。

また画像所見と「痛み」がイコールではないことの裏付けとしては「腰痛がない無症状の成人でも約76%に椎間板変性は認められる(Brinjikji,2015)」という報告があります。

しかし実際の診断場面において、画像所見が「痛みの原因」として関連付けられる場合があります。この点、次項で解説します。

3110名の無症状の個人を対象とした画像所見を報告した研究

無症状の個人における
椎間板変性の有病率:20歳37%、80歳96%
椎間板膨隆の有病率:20歳30%、80歳84%
椎間板突出の有病率:20歳29%、80歳43%
線維輪断裂の有病率:20歳19%、80歳29%

結論:無症状の個人においても、脊椎の変性を示す画像所見が高い割合で見られ、その割合は加齢とともに増加する。多くの画像ベースの変性所見は、おそらく正常な老化の一部であり、痛みとは関連がない可能性がある

Brinjikji, W., et al. (2015). “Systematic literature review of imaging features of spinal degeneration in asymptomatic populations.” American Journal of Neuroradiology, 36(4), 811-816.
(無症状の成人で椎間板ヘルニアが確認される割合について)

1-2 原因の見落とし

“診断”でカバーできる領域は意外と限られています。

例えば「筋筋膜性疼痛(筋肉や筋膜の緊張による痛み)」は腰痛の40%近くに関与する(Simons et al, 2001)とされますが、筋肉や筋膜の状態を画像診断で検出することは一般的ではありません。(CTでは困難。MRIは重篤な疾患の除外が優先。エコーは近年増えてはいる)

そしてこれは個人的な感覚の話ですが、腰痛を抱える方と接していると「脊椎疾患=痛みの原因」という認識が強い傾向にある事に気づきます。

医師は情報提供として「ここにヘルニアがあります」と言ったつもりでも、受け取る側は「ヘルニアだから痛いんだ」と解釈しやすい。

いわゆるラベリング効果です。原因をシンプルに捉え、安心を得たい心理が働きやすいのかもしれません。

こういった診断の事情とバイアスが組み合わさって他の原因を見落とすのではないか、改善が遅れるのではないか、結果的に「ムダな手術」に繋がるのではないかと推察します。

2. 手術の適応と限界

2-1 手術の成功基準

腰痛手術の多くは「神経圧迫の除去」や「構造の修復」を目的とします。

ですから手術自体は成功しているのです。実際そう説明を受けると思います。

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手術は成功している。けど痛みは残る

問題は、手術の成功が痛みの解消に直結しない場合があることです。

椎間板ヘルニアに関しては手術後の患者の約20~30%が痛みを再発するか、改善しないと報告されています(Weinstein et al, 2008)。

2-2 痛みの慢性化

慢性腰痛は後にも触れますが機序が複雑です。単なる「背骨の問題」「腰の問題」ではありません。

その複雑性を象徴するメカニズムが中枢感作(脳の変化)です。

慢性痛は、痛みを感じる「脳」の過敏化(中枢感作)によって維持される(Woolf, 2011)と言われます。

持続する痛みによって神経回路そのものが変化し、脳が痛みを覚えてしまうが故に、何をしても症状が消えない。“痛みの記憶”が残存してしまう。

これが果たして即時的に修復可能なのか?

目に見える「手術で除ける原因」はどれほど関与しているのか?

そんな疑念がさらに深まる報告を次に取り上げます。

3. 心理・社会的要因

3-1 ストレスと痛み

心理的ストレスや不安が腰痛を悪化させる(Linton, 2000)ことは一般的にも知られていると思いますが、

精神医学的問題を抱える患者ほど、腰のオペ後の予後は不良という報告があります。

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腰痛の社会的背景と精神医学的問題 -紺野 慎一,2004(https://www.jstage.jst.go.jp/article/yotsu/10/1/10_1_19/_pdf)より

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http://lowback.jp/diagnosis/BS-POP.htmlより

具体的なメカニズムまでの記述はありませんが「メンタルの状態」と「腰の手術の治療成績」の関係は「ある」かもしれません。

メンタルの状態(≒脳機能)が手術成績に影響を与える可能性は、痛みが単なる脊柱の器質的変化によるものではないことを示唆しています

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痛みへのネガティヴなイメージが痛みを助長することを説明した「恐怖回避モデル」

3-2 社会的支援の不足

術後に十分なリハビリや家族・職場からの支援が不足していると回復が遅れ再発のリスクが高まることや、社会的孤立が慢性腰痛に寄与することも示されています(Fritz et al, 2007)。

直接的には痛みと関係がないように思える“社会的ストレス”などを含めたメンタルの問題を考慮する必要性も場合によってはあるかもしれません。

4. 医療者側の要因

4-1 不必要な手術の推進

冒頭で引用した記事で指摘されるように、医師の実績作りや病院の利益追求が、手術の適応を拡大する原因になっている可能性があります。また、日本における整形外科手術件数は年々増加しており、その一部が過剰診療である可能性も指摘されています。

4-2 医療知識のアップデート不足

一部の医師が筋肉や神経の複雑なメカニズムを十分に理解していない場合、患者の痛みを的確に評価できず結果的に手術に頼る傾向があることや、腰痛の非侵襲的治療に関する新しい知見(運動療法や認知行動療法)自体、医療現場での普及が遅れている可能性が指摘されています(Delitto et al, 2012)。

これらは「ムダな手術」問題の原因の中でも大きなウエイトを占めるのではないかと個人的に思っています。というか思いたいです。

ガイドライン上の合理性もない、明確な所見もみられない、どう考えても手術適応と思えない方に手術が行われていたりするのは、「拝金主義」ではなく「アップデート不足」

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お客様の声(30代女性/ネイリスト/診断名:腰椎椎間板ヘルニア/写真は初来院時)術後半年で再発した腰痛・足の痺れは数回の施術・指導で消えた。確認できた所見と訴えられていた症状は「得体が知れない」かというと特段そんなことはなかった。そもそも「手術適応の症状」だったかすら疑わしい。実際に本人が拍子抜けするほどあっさり解決した。
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通院終了から1年、当時の痛み•しびれなどなく過ごせていると報告に来て下さった

5. 患者側の行動と認識

5-1 医師への盲信

患者が医師の提案を無条件に受け入れる場合セカンドオピニオンを求める機会を逃し不必要な手術に踏み切るリスクがあること、また「手術=完治」という誤解が根強く存在することを冒頭の医師は指摘します。

医師信仰というか権威主義的な傾向は国民性としてありますよね。

5-2 主体的なケアの不足

手術後に運動療法や生活習慣改善に取り組まない場合、症状が再発する可能性があります。例えば、適切な運動療法を行った患者の腰痛再発率は約20%に低下しますが、運動を行わなかった場合は50%以上に達します(van Tulder et al., 2000)。

24時間365日の身体の扱い方によってその人の身体は良くも悪くも変化するわけで、いずれにせよ主体的に動き続ける事は痛みを持続的に予防する上でも欠かせません

「医者任せ」「他人任せ」にした時点で、そのアプローチは失敗です。

6. 腰痛の多因子性

6-1 多層的な原因

神経損傷や器質的な病変(例:重度の椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、腰椎すべり症など)が確認され、かつ、膀胱直腸障害(排尿や排便のコントロールができない)や明らかな筋力低下、感覚障害など、神経機能に重大な影響が出ている場合は、手術適応となることが多いです。

・熱い/冷たい感覚の低下
・触った時の感覚(触覚)の低下
・(明らかな筋肉の萎縮を伴う)麻痺
・膀胱直腸障害

これらを認める場合は「手術適応」とされる場合があります。特に排尿障害(尿が出せない/勝手に出る)を認める場合は、手技や運動療法ではどうにもなりません。今すぐ病院受診しましょう。

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脊髄損傷時、排尿障害はほぼ(仙髄レベルの内の12%を除き)みられる-脊髄損傷における排尿障害の診療ガイドライン

それはそれとして、術後も完全に腰痛が消えるとは限りません。

なぜなら腰痛は脊柱の問題も含めた以下のような様々な因子が複雑に絡み合って生じる現象だからです。

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主に生理学、解剖学、運動学、精神医学の領域。手術で除けるのはその一部(腰痛診療ガイドライン2019 改訂第2版より)

6-2 個別対応の難しさ

そういった事情からベルトコンベア的にみんなに同じ電気治療やマッサージや歩行訓練のようなことをしても結果が得られないのは当然と言えます。

結局、本人の主体性だけでなく、医師や療法士のスキル(患者一人ひとりに応じたカスタマイズ治療の提供)も求められるのですが、その質の担保が難しい構造上の問題はあるのではないでしょうか。

7. 制度・社会的背景

7-1 リハビリテーションの不足

術後のリハビリテーションが十分に行われないことも再発や症状持続の一因として指摘されています。(日本整形外科学会 2020. 「リハビリテーションにおける保険診療の制限」)

まあ期間の制約うんぬんというより「質」が重要だと思いますが。

対象者が自走可能であり、方向が定まっていれば、介入そのものは2週に1回でも、月に1回でも、結果は出ます。逆に自走困難、方向が不明確の場合、毎日リハビリを行っても中々厳しいものがあると思います。

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お客様の声(30代男性/会社員/診断名:腰椎椎間板ヘルニア/写真は初来院時)寝るも歩くもままならず手術を勧められていた方。現在は薬も不要になりトレーニングやゴルフを再開されている。「勧められていた手術」は不要だったと言えるのではないでしょうか。

7-2 職場環境と腰痛

意外と見落とされがちな「環境要因」ですが、先にも述べたように24時間365日の身体の扱い方によってその人の身体は良くも悪くも変化します。

特に長時間のデスクワークや重労働への対応が腰痛の発症・再発に寄与していると言われ(Shmagel et al., 2018)これら要因に対応しないまま過ごすと手術後の再発リスクが高まるそうです。

姿勢や動き方だけでなく「使う物」や「作業環境」を見直す余地は往々にしてあるはずです。そういった環境も含め変えていく事が再発するかしないかに関わると思われます。

結論

腰の手術後に腰痛が改善しない理由には、診断の限界、治療法の偏り、患者の認識不足、医療制度の欠陥、そして腰痛そのものの多因子性など、実にさまざまな要因が絡んでいます。

この問題を回避あるいは解決するには、患者個々の背景や原因を包括的に評価した上で治療に当たることが必要なのは間違いありません。

しかしながら、そういった体制が整っている環境は少ないのかもしれません。

だからこそ「受け身」なスタンスは危険です。

「任せたら良くならない」くらいのつもりで、主体的に情報を収集し、治療法を選択し、改善に向けて取り組んでいく姿勢が重要です。

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